ささぐり昔話



篠栗町の由来 イメージ
『篠栗町の由来』
「ささぐり」という名前の由来は何ですか? というお尋ねをよくいただきます。
この「ささぐり」は、古い文献や古地図には「笹栗」とか「篠栗」とか書かれています。
続きを読む


金撒き岩 イラスト
『金撒き岩』
英彦山は修験道の国内三大聖地の一つとして古くから知られており、錫杖の音や吹き鳴らす法螺の響きが辺り一面の山々にこだましたところでした。
山伏達は毎年英彦山での「定」の修行が終わると、九州各地に散らばり檀徒や信者などを訪れ、浄財の喜捨勧進の行脚回向に勤めていました。
ある年の晩秋、筑前地方の勧進を終え帰途についた一人の山伏が、奉納金の入った笈を背負い、篠栗宿を過ぎ八木山の険しい峠にさしかかったとき・・・
続きを読む


揺るぎ岩 イラスト
『揺るぎ岩』
霊峰若杉山(標高681メートル)は、篠栗町の南、須恵町との町境に聳(そび)え立ち、古来から竃山(かまどやま)の山伏の聖域として、数百の僧坊(そうぼう)があったと言われています。
この若杉山の中腹に「古堂(ふるどう)」と言われる平坦な場所があり、そこには昔「大(だい)講堂(こうどう)」が建てられ、多くの真言宗の僧侶が修行をしたと伝えられています。
その「古堂」の奥の鬱蒼(うっそう)とした場所に、今でも「揺るぎ岩(千石岩)」と言われる背丈を越えるほどの大きな岩があり・・・
続きを読む


権現様の投げ石 イラスト
『権現様の投げ石』
昔、昔、博多湾の沖の方に、鬼どもが住んでいて、ときどき博多に来ては悪いことをして、人々を困らせていました。
この鬼どもが、博多湾の中に、あと一つ二つの島があれば博多にあがりやすいから、どこかの山を持って来よう、と思い立ちました。
そこで若杉山の麓(ふもと)の山を盗むことに決めると、大きな負子(おうこ)(荷担棒)を二つの山に突き刺して肩に担いで運び出していました。
これを見られた太祖(たいそ)様は・・・
続きを読む


袖摺岩 イラスト
『袖摺岩』
篠栗町の南端、須恵町との町境には霊峰若杉山(標高681メートル)がそびえており、頂上には太祖宮の上宮が鎮座し、篠栗町を見守っています。
この太祖宮の裏にある大杉(福岡県指定天然記念物)を横切り、奥の院に至る険しい遍路道を行くと、行く手を拒むように二枚の巨石が両面に切り立っています。
この岩は「袖摺岩(そですりいわ)」と呼ばれ、足一本がやっと通るくらいの隙間しかありません。昔から悪いことをした人や、罪深い人はこの岩間に足が挟まって、通り抜けることが出来ないといわれています。
続きを読む


中納言岩 イラスト
『中納言岩』
若杉山には、標高約400メートルのところに篠栗町を見渡すことができる若杉楽園と呼ばれるキャンプ場があります。
そこから距離にして400メートル位南に上ると、岩の周囲が55メートルほどの大きな一枚岩があり、北側がひさしのように突き出ています。
その岩上には不動明王があたりを見下ろすように立ち、真下には十三仏が祭られています。この大岩のことを「中納言岩」と言い若杉山にまつわる戦国時代の伝説が残されています。
かつて若杉山の綾杉谷と言われるところには・・・
続きを読む


天狗岩 イラスト
『天狗岩』
篠栗町の若杉山中には、天狗岩と呼ばれる場所があります。鬱蒼と繁る杉林の間に奇怪な大岩が、折り重なるように立ちはだかり岩山を形成しています。
岩間からは樫や楢の木が、わずかな隙間に根をはって林立しており、その風景は今にもどこからともなく天狗が現れるような気がしてなりません。
続きを読む


高尾の焼薬師 イラスト
『高尾の焼薬師』
かつて若杉山には湯屋原と呼ばれた所があり、そこから温泉が湧き出ていたそうです。
ある日のこと、若杉山の高尾の薬師様が、二日市湯町の武蔵寺の薬師様とその温泉を賭けてある勝負をしたそうです。
続きを読む


平家岩 イラスト
『平家岩』
「平氏にあらざる者は人間にあらず」と豪語し、栄華の限りをつくした平家一門も清盛の死後、急速に衰退し、ついには寿永4年(1185)3月14日、長門の壇ノ浦の合戦で一族の大半が海の藻屑と消え去ってしまいました。
しかし一説では、二位の尼に抱かれて「海の底にも都ありや」と共に入水された安徳幼帝でさえ、生き延びられて余生をながらえられたとする伝説が所々に流布されたのです。
わが篠栗にも「平家岩」なる伝説地があり、源氏の追い討ちを逃れた平家の落人がこの岩窟にこもり住んだと言われています。
続きを読む


鉾立山 イラスト
『鉾立山』
神代(かみよ)のころ、海津見神(ワダツミノカミ)の娘である玉依姫(タマヨリノヒメ)は、神武(じんむ)天皇の尊父(そんぷ)である彦波剣武鵜茅葺不合尊(ヒゴナミサタケウガヤフキアエズノミコト)に嫁いだ際に鎮座する山を求め、筑紫(つくし)の山野を巡幸していました。
あるとき一行は鞍手と糟屋、両郡に聳(そび)える嶺にたどり着きました。この山は、周囲の山より高くぬきんでており、眺望は絶景で、東に遠く豊(とよ)の国、西には筑紫の山々を見渡し、北には大海原が開けてはるか韓(かん)の国さえ望まれる、誠に神の鎮座するのにふさわしい山と思われました。
玉依姫は、吹上げてくる風に髪をなびかせながら、・・・
続きを読む


火除け観音さま 写真
『火除け観音さま』
高田区にある篠栗新四国八十八ヶ所霊場第三十二番札所敷地内に、全身が黒く焼けた木造十一面観音座像をお祀りしたお堂があります。
これからするのは、このお薬師様にまつわるお話です。
続きを読む


高鳥居城の話 写真
『高鳥居城の話』
若杉山の西に延びる尾根上には、戦国時代に山城が築かれたとされる岳城山があります。
ちょうど須恵町との境になるこの頂きには、現在記念碑が建てられ、かつては戦場であったこの地を偲ぶ事ができます。
ところで、星野村と博多区の吉塚とこの山城には深い関係があるのをご存じでしょうか?
続きを読む


善無畏三蔵とグーズ岩 写真
『善無畏三蔵とグーズ岩』
奥の院から階段を上り詰めると、善無畏三蔵を供養した祠があります。
この中には高さ約三尺の五重塔が安置されていたそうです。
善無畏三蔵は、インドから中国へ来た密教の高僧で、・・・
続きを読む


『尾仲村の九郎左衛門』
江戸時代のはじめころ、尾仲村(現在の篠栗町大字尾仲)に住んでいた九郎左衛門と言う人のお話です。
この村(尾仲村)に、近年まで九郎左衛門と言う農夫が住んでいました。
彼の実父は太郎左衛門と言い、やはり農夫でした。
九郎左衛門は、元和4年(1618年)戊午の歳に生まれました。彼は幼い頃博多の魚商人の養子になりましたが、・・・
続きを読む


このページに関するお問い合わせ

篠栗町歴史民俗資料室
〒811-2405 福岡県糟屋郡篠栗町大字篠栗4754番地
電話:092-947-1790