平家岩


平家岩 イラスト

「平氏にあらざる者は人間にあらず」と豪語し、栄華の限りをつくした平家一門も清盛の死後、急速に衰退し、ついには寿永4年(1185)3月14日、長門の壇ノ浦の合戦で一族の大半が海の藻屑と消え去ってしまいました。
しかし一説では、二位の尼に抱かれて「海の底にも都ありや」と共に入水された安徳幼帝でさえ、生き延びられて余生をながらえられたとする伝説が所々に流布されたのです。
わが篠栗にも「平家岩」なる伝説地があり、源氏の追い討ちを逃れた平家の落人がこの岩窟にこもり住んだと言われています。
この話に関する話は『筑前国続風土記拾遺』に次のように書かれています。

「又平家岩とて木戸畑の後(一町)に在、天然の岩窟也、昔平家の落人来て隠れ居りし所、この名有りと云、附会なるべし、この谷に屏風岩とて屏風に似たる石二つ有、又傍らに小滝(高一丈斗)有、虹が滝と云う、又洞中を潜り行所有、頗る奇境也」

「又平家岩という所が城戸畑の後ろにある、天然の岩窟である、昔平家の落人が隠れ住んだ所で、この名が付けられたそうだ、少し紛らわしいようだが、この谷には、屏風に似ている屏風岩と云われている岩が二つある、又傍らに高さ約一丈ある虹が滝と云う小さな滝がある、又洞穴を行くとすごく奇妙な感じである」
と記されています。

また青柳種信は、平家落人説に対し「附会なるべし」と記していますが、他の古文書によれば、安徳幼帝の御妹千鶴姫(三歳)が平家の家人氏尾蔵人に連れられて篠栗の平家谷に隠れたことが記されています。
平家岩は今では城戸区の南蔵院の奥にあり、樹木がうっそうと繁る幽谷で岩窟もそのまま残り、虹が滝は「不動が滝」と改名され、篠栗新四国霊場第四十五番札所が安置されています。


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