中納言岩


中納言岩 イラスト

若杉山には、標高約400メートルのところに篠栗町を見渡すことができる若杉楽園と呼ばれるキャンプ場があります。
そこから距離にして400メートル位南に上ると、岩の周囲が55メートルほどの大きな一枚岩があり、北側がひさしのように突き出ています。その岩上には不動明王があたりを見下ろすように立ち、真下には十三仏が祭られています。
この大岩のことを「中納言岩」と言い、若杉山にまつわる戦国時代の伝説が残されています。
かつて若杉山の綾杉谷と言われるところには、神功皇后伝説に由来する御神木の「綾杉」が多くありましたが、江戸時代に書かれた『筑前国続風土記』によると、「・・・近き世までは、綾杉多かりしが、筑前中納言秀秋の時、切除れて、今はなし。・・・」と記され、当時の様子をうかがい知ることができます。
今から400年ほど前、豊臣秀吉が外国に攻め入るため、大量の軍船が必要になり、諸藩主に急いで作るよう命じました。そのときに筑前の藩主だった小早川秀秋(中納言)が若杉山中に入り、大岩の上に陣取り伐採を命じ、なんと言うことか御神木である綾杉をたくさん切り出してしまいました。
もともと若杉山自体が太祖宮の神領地であり、そこに生えている木は神様の木として大切に守られ、切ってはいけないとされてきました。特に綾杉は御神木とされ、伐採を堅く禁じられていました。
天文13年(1544)には、大内義隆が若杉山に生えている竹木の伐採禁止令を出し、神域を守っていましたが、秀秋はその命令をも無視して、無残にも神域は見る影も無く荒らされてしまいました。


参考文献


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